不動産を直接売り買いする人たちの掲示板「家いちば」

家いちば見聞録

かつての農家の屋敷林が“アートの森”に、人はなぜ「森林」に集まるのか

埼玉県鴻巣市|東京の郊外化が進む、田園地帯に囲まれた宿場町 懐かしい買主さんから連絡があった。家いちばで購入した物件でイベントをやるから来てほしいという。売買されたのは、もう8年ほど前のことだ。広大な森林のある農家のお屋敷で、売主さんはすでに駅前のマンションへ引越しをされ、長らく空き家になっていた。巨大な空き家だった。 森と屋敷をそのまま活かしてくれる買い手を探す 普通なら、こういう土地は更地になって宅地分譲されてしまうものだ。しかし売主さんは、この佇まいのまま活かしてくれる買い手を、自分たち親子の手で探そうと、家いちばに投稿された。 当時はまだ家いちばも立ち上げたばかりで、掲載物件も数十件ほど。私自身も試行錯誤の中にいた。そこに、この一風変わった「売り物件」が現れたことで、サイトの空気が少し変わったのを覚えている。にわかに活気づき、それを見たメディア関係者から取材の依頼が入るほどだった。 おかげで、この物件には50件を超す問合せが集まった。しかし、売主さんは安易に買い手を選ばなかった。この広大な土地と建物を維持管理する大変さを、誰よりもよく分かっていたからだ。だからこそ、「本当にこの場所を引き継げる人なのか」を、時間をかけて見極めようとしていた。結果として、その選考は、まるでオーディションのようなものになった。購入希望者には、それぞれの思いや構想を語ってもらうことになったのだ。 「子供たちの教育の場」へ そうして選ばれた買主さんが、この森と家を引き継いだ。その後どうなったのか、ずっと気にはなっていた。けれど、あえて深くは聞かず、当たらず触らずのまま、時が過ぎてしまっていた。売買の当時から、この地を「子供たちの教育の場」にするという話は聞いていた。ただ、そのときの私は、正直あまりピンと来ていなかった。 生まれ変わった森 久しぶりにその森に足を踏み入れて、思わず立ち止まった。あのときは、樹木が薄暗く生い茂り、奥へ進むこともままならなかった。それが今では、ゆっくりと散策できる森になっている。かといって、刈り込みすぎているわけでも、舗装されているわけでもない。あくまで自然のままに整えられていて、頭上を見上げると、天高く伸びた木々の間から光が差し込み、どこか神々しい空気が漂っていた。敷地内にあった小さな祠も、そのままきれいに残されている。 そして、ふと視線の先に現れたのは、大きなツリーハウスだった。神聖さすら感じる森の中に、ふいに現れる人の気配。しかもそれは、生活ではなく、どこか遊びの匂いをまとっている。その周囲には和太鼓が円を描くように並べられ、公演の時間を静かに待っていた。ここが、今日のコンサート会場なのだ。母屋の前庭では、すでに子供たちが集まり、竹などを手に、それぞれ思い思いの「楽器」を作っている。まだ演奏は始まっていない。けれども、その場には、これから何かが始まるという、独特の期待感が満ちていた。 鴻巣とコウノトリ この場所には「鴻巣アートの森」と名がつけられている。「鴻巣」という響きには、どこか可愛らしさがある。鳥の巣、ということだろうか。そもそも、なぜこのような地名になったのか。気になって調べてみると、はっきりとした由来は分かっていないらしい。むしろ、その曖昧さに歴史の深さを感じる。 ただ、この地には「こうのとり伝説」が伝えられている。大蛇に襲われていた民を、飛来したコウノトリが救ったという話だ。そのコウノトリを祀ったのが、現在も市の中心にある「鴻神社」である。コウノトリは今も市の鳥として大切にされ、「天空の里」と呼ばれる施設で保護・育成の取り組みが行われている。 花のまちへと発展 その「天空の里」は、荒川の堤防沿いにある。しかし、川沿いといっても、川の姿は見えない。実は鴻巣には「川幅日本一」の地点がある。ただ、その大部分は水ではなく、広大な河原なのだ。ちょうど5月、春の盛りで、その河原には青や赤の花々が一面に広がっていた。「こうのす花まつり」の季節である。地平線まで続くかのような平原の先に、秩父山地の稜線が連なっている。そしてその背後に、雪をかぶった富士が、控えめに顔をのぞかせていた。思わず立ち止まって見入ってしまう光景だった。 「花まつり」は、ただの観光客集めのイベントではない。実際にその風景を見ていると、鴻巣には「花のまち」としての確かな実力があることが伝わってくる。その始まりは、戦後の苦しい時期に、米や麦以外の収益源を模索したことにあるという。パンジー作りから始まり、気候や地質といった条件にも恵まれていたのだろうが、それだけではここまでにはならない。試行錯誤と工夫の積み重ねによって、いまでは日本一の出荷量を誇るまでになった。特徴的なのは、狭い地域に花農家が数多く集まっていることだ。この密度の高さが、日々の研鑽と自然な競争を生み、結果として高い品質を維持しているのだ。 「ひな人形」と「花」の関係 鴻巣が、ひな人形の街として知られていることも、同じような背景があるのだろう。花の話と重ねてみると、やはりそこには江戸、すなわち現在の東京の存在が見えてくる。街道や舟運、そして鉄道と、時代ごとの交通手段を通じて、大消費地へと短時間で供給できる立地。その一方で、材料は近隣で調達できる。そうした条件のもとで、地元の人々が技術を磨き続けてきた結果が、現在の産業として形になっている。 東京の郊外化が進む駅周辺 しかし、そのような発展の中で、この街もまた時代の流れに翻弄されているように見える。JR鴻巣駅前に降り立ったとき、まず違和感を覚えた。駅ビルと高層マンションが立ち並び、かつての宿場町の面影は、すでに消えかけている。駅前の商業ビル「エルミこうのす」は、再開発によって建てられた複合施設で、上階はマンション、その下にシネコンや図書館が入っている。無印良品や100円ショップといった店舗の並びは、どこかで見たことのある風景だ。イオンモールとほとんど変わらない。 けれども、それだけに便利であることも確かだ。鴻巣駅から都心までは1時間弱。電車の本数も多く、いまは横浜方面まで直通で行ける。その動線の途中に、車がなくても立ち寄れる“イオンモール的な空間”がある。こうした条件を考えれば、分譲マンションが次々と建てられていくのも当然だろう。実際、駅周辺には新しい高層マンションが林立している。 閉店していく小さな商店たち しかし、足元に目を向けると、様子が違う。八百屋、文房具屋、喫茶店、本屋、レコード屋――そうした小さな商店が、高層マンションの影に隠れるようにして、ひっそりと営業している。そして、その多くに「閉店しました」という張り紙が残されていた。これも時代の流れなのだろう。そう思いながらも、どこか割り切れないものが残る。 なぜこのようなことが起きるのか。気になって鴻巣市の都市計画図を見てみると、駅周辺の広い範囲が「商業地域」、しかも容積率400%に指定されていた。つまり、高層化を強く促す区域である。けれども現実には、そのエリアの多くが、いまだに木造の低層住宅や商店のままだ。高度利用を進めたいという意図は理解できる。ただ、その方向に街全体を引っ張っていくことが、本当にこの場所にとって最適なのか。そんな疑問が、頭から離れなかった。 徳川家康の名残り もちろん、この街には歴史の名残も残っている。勝願寺だ。江戸時代、この寺には円誉不残上人という名僧がいて、徳川家康の篤い崇敬を受けていた。家康はこの寺に、家紋である「葵の御紋」の使用を特別に許したという。寺院としては異例の扱いである。さらに家康は、この近くに将軍家のための御殿を築き、たびたびこの地を訪れるようになる。鴻巣は単なる宿場町ではなく、家康にとって重要な拠点だった。ちょうどその頃、利根川の流路を大きく変える大規模な治水工事が進められていた。この地で、そうした国家的な構想が練られていたのかもしれない。しかし、その「鴻巣御殿」は、いまは跡形もない。 歴史の流れの中で失われていくこと自体は、珍しいことではない。けれども、実際にその場所を訪れてみると、少し戸惑う。そこには、かつて御殿があった証として、「御成町東照宮」が祀られている。 ただし――本当に小さい。 「日本一小さな東照宮」として紹介されているらしいが、正直なところ、少し自虐的にも感じられる。アパートの軒先に囲まれた、わずかなスペースにひっそりと佇んでいる。観光ガイドにも載っているというが、かつてこの地が持っていた意味の大きさを思うと、その落差に、しばらく言葉を失った。 さあ、和太鼓パファーマンスがはじまる さて、そんな“現代人の迷走”をよそに、「アートの森」での和太鼓パフォーマンスが、いよいよ幕を開けた。 子どもたちが、見慣れないものを前に緊張しているのが伝わってくる。固唾を飲んで、じっと見守っている。演奏前の、ほんの一瞬の静けさ。風に揺れる木々のささやきだけが、かすかに聞こえる。 やがて、小さな太鼓の音が鳴りはじめる。ひとつ、またひとつと数が増え、次第に大きく、低く、森の奥へと響いていく。お面をかぶった演者が、客席の後ろからひっそりと現れた。子どもたちが目を丸くする。大人も同じだった。 森が生む独特の“音響空間” ふと、ここがコンサートホールであるかのような錯覚をおぼえた。屋外なのに、である。太鼓の音がよく響く。耳を澄ませていると、わずかに遅れて、別の方向から音が返ってくる。遠くの木、近くの木――森の中の無数の木々に、音が当たっているのだろう。それが重なり合い、やわらかく広がっていく。 まるで、森そのものが応えているようだった。 かつては、薄暗く、うっそうとした森だった。そこに光が入り、子どもたちの足跡が残り、人々が耳を澄ませている。不思議な体験だった。 “怖さ”の意味 演奏の最中、会場のまわりを楽しそうに走り回っている女の子の3人組がいた。じっとしていられないようだ。やがて、建物の向こうへと姿を消し、そのまま戻ってこなかった。 演奏が終わったあと、その子が大人たちに何かを言いわけしているのが聞こえた。 ――だって、こわかったんだもん。 そうか、と思った。この森の空気や音は、ただ「楽しい」だけのものではないのかもしれない。どこかに、人を圧倒するようなものがある。それをうまく言葉にすることはできないが、自然に対する畏れのような感覚に、少し近いのではないかと思った。 人はなぜ自然を大切にしようとするのか。 あるいは、そう思わない人もいるのか。 その違いは、こうした感覚を持つかどうかにあるのかもしれない。はっきりとしたことは分からない。ただ、こうした感覚に触れていたいとは思う。そして、それを誰かと共有すること。もしかすると、古来からの「祭り」とはそういう儀式なのかもしれない。 花まつりに、もう一度行ってみようか。

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    かつての屋敷林がアート活動の場に生まれ変わった

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    母屋の縁側

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    敷地内の祠

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    ヤギも飼っている

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    こうのとり伝説のある鴻神社

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    コウノトリの保護育成活動の施設「天空の里」

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    天空の里で飼育するコウノトリ

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    「日本一の川幅」は平原のような河原

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    河川敷に広がる「花まつり」の花畑

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    鴻巣駅前の再開発によってできた商業施設「エルミこうのす」

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    エルミショッピングセンター内は、さながら“イオンモール”のよう

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    商店街にそびえ立つ高層マンション

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    昔ながらの商店も点在

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    「閉店しました」を知らせる張り紙が各所に見られる

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    旧中山道沿いには古い商家跡も見られるが、都市計画道路によって解体される運命か

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    徳川家康ゆかりの勝願寺の屋根の「葵の御紋」

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    鴻巣御殿の名残りの「日本一小さな東照宮」が路地裏にひっそり佇む

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    「アートの森」での和太鼓パフォーマンス

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    大きな木々の上から光が差し込む独創的な雰囲気

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