不動産を直接売り買いする人たちの掲示板「家いちば」

田舎図鑑

生まれ育ったまちの思い出を残したい

忘れたくない景色、伝えたい記憶。

ここに残すことで、また誰かがこのまちに興味を持ってくれるかもしれない。

そんな思いをあなたに届けたい。

山形川西町
山形県川西町
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母の実家でよく祖父母に会いにこの町に行っていました。春休み、夏休み、冬休みによく行っており、上野駅まで祖母が迎えに来てくれていました。祖父母はとても私に甘く、欲しいものは何でも買ってくれました。今では立派な甘えん坊です。冬は過酷な雪があり雪国独特のさび色のアスファルトが町中にありますが、夏には花火大会、花笠祭り、獅子踊があります。大人になってから見ることができていませんが、今でも頭の中に笛の音、太鼓の音が流れてきます。この獅子踊が小さい頃は怖かった思い出があります。衣装が綺麗なのですが顔が見えなくてどこか不気味なんです。祖父のバイクの後ろに乗り山を登ったのもいい思い出です。祖父は自転車店を営んでいたのでよくその仕事ぶりを見ていました。 町の人がみんな優しいところが大好きです。フルーツ、ラーメン、米沢牛、温泉、私が好きなものがすべてそろっています。 川西町の羽前小松駅に猫駅長「ショコラ」がいます。とても大人しく可愛いです。あとは山形と言えばラーメンです。夏に出る冷やしラーメンが最高です。
佐賀武雄
佐賀県武雄市
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私の故郷、武雄といえば、1,300年の歴史ある武雄温泉が有名です。弱アルカリ性の単純泉は、肌に馴染んで「美人の湯」と言われています。武雄温泉のシンボル「楼門」は、日本の近代建築をリードした辰野金吾が、東京駅と同時期に設計し、国指定重要文化財に指定されています。 また、最近では、御船山楽園ホテルの「らかんの湯」のサウナが、「サウナシュラン」で3年連続1位に選ばれるなど、サウナ―にも注目されています。2013年リニューアルオープンした武雄市図書館は、蔦屋書店・スターバックスを併設した官民連携の新しいスタイルの図書館として全国的に注目を集めました。帰省したおり、調べ物ついでにちょっと仕事することもありますが、WiFi完備でビジネスユースにも好条件。ICT教育や移住支援など、行政の取り組みは全国的にみても先進的で、田舎にあっては自由な気質で、移住者も増えてきているそうです。2022年9月には、西九州新幹線(武雄温泉駅〜長崎駅)の開通に伴い、長崎へはもちろん、博多駅への特急「リレーかもめ」の運行は1時間に2本になり、格段に便利になりました。首都圏との2地域居住を考える人にとりわけ魅力的なのは、九州佐賀国際空港(武雄市からクルマで約1時間)の駐車場は無料で、なおかつLCC春秋航空の「佐賀〜成田便」は約7,000円〜とリーズナブル!(注:現在コロナ禍もあり運行は週末のみ。平時は毎日運行)東京の大手広告代理店でカメラマンをしていた私の中学・高校の先輩は、8年ほど前に武雄にUターン。夫婦で自宅をゲストハウスにし武雄の魅力を伝えながら、週のうち数日は、博多経由の新幹線で広島県の大学まで出向き写真の講義を担当。さらに、海外での得意の天体写真の依頼があれば撮影クルーと成田空港待ち合わせで、これまでの仕事もこなしています。 先輩が運営しているゲストハウス → https://adonoan.com/info/ 九州の田舎を満喫しながら、いざとなったら福岡や東京へのアクセスも超便利。そんな穴場が、武雄の魅力です。 私が武雄市について書いた記事です。是非ご覧ください。 https://xtech.nikkei.com/kn/article/building/news/20130726/625630/ https://suumo.jp/journal/2014/10/16/71322/
みちのく福島
福島県福島市
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とにかく人が良いです。おっとりした性格、人に優しい人が多く、地元の人に触れ合うと心がなごみます。近年餃子の店が増え、密かに餃子の街になろうとしているようです。都市としては、県庁所在地の割に発展しておらず、市政が下手。人口がなかなか増えないです。3.11の影響も当初はあったものの、今は特に影響が無くなり、地元の人は普通に暮らしています。良くも悪くも、昔からあまり変わらない街。山に囲まれた盆地で、北国なのに夏は暑い。冬の積雪はあまり積もらないものの、寒さは厳しいです。建物としての風景は新しくなりつつも、それに伴う街の賑わいは穏やかなまま。現在、福島駅西口、東口共に駅前の再開発が始まっていて、これが起爆剤になって活性化して欲しいところです。東北唯一の競馬場となる福島競馬場があり、飯坂温泉、土湯温泉、高湯温泉、福島市中心部から車で30分以内で行ける個性豊かな温泉が3つもあります。
甑島(こしきじま)
鹿児島県薩摩川内市下甑町
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仕事で甑島に行くことになり、それまでも数多くの田舎に足を運ぶ機会はあったのですが、船で行くような離島は初めてでした。薩摩川内からフェリーで1時間半の船旅となり、正直不安しかありませんでした。事前情報としてその島が「Dr.コトー」のロケ地だということくらいでしたが、なおさら不安になりました。要するに、僻地を絵にかいたような場所ということ。僕は、昔の薩摩藩の時代から小舟で統治してきたことを思い出し励ますことにしました。ところが、フェリーが思いのほか最新式に見え、すっかり安心して甲板からの眺めを楽しみ、幸いに波はきわめて穏やかな日で、イルカの群れに遭遇し、そして時間が止まったような水面の「凪」も見て、神秘的な思いでした。東京からはるばる鹿児島の外れの港まで飛行機とレンタカーでやってきて、そこからの船旅。やっとのことたどり着いた島は、山脈のように高く目の前にそびえたっていました。仕事で役場の人にいろいろ世話になって、というか、わざわざ現場まで来てくれて、人情なのか、単に暇なのか分からなかったものの、とてもありがたかったです。宿の食事は魚介を使った素朴なもので、隣にいた常連客に聞くと毎日同じ料理らしい。その常連に凪の話をすると、荒れる時は船がひっくり返るほどになると脅され、あまり島に長居をしないことにして本土に戻り、そして次の日の雨の朝、ホテルを出るところのスロープで転倒をして足首を骨折するという災難に。ひとまずその右足を引きずりながら東京に戻り、全治3ヶ月の松葉杖生活となる。これでしばらく出張もできなくなり、幸いに仲間のおかげでしのぐことができたものの、会社をひとりで回さずに人を雇って組織化していこうとする転機となりました。これも甑島の神秘のひとつだったのかもしれません。
南伊豆
静岡県南伊豆町
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伊豆半島の最南端。電車の駅もない場所に、南伊豆町はあります。 でも実際に来てみると、その“端っこ”感は、どこか安心感に変わります。 目の前には、季節や時間で色を変える海。 少し内陸に入れば、山と川に囲まれた集落が広がります。 観光地として名前が知られる弓ヶ浜や石廊崎がある一方で、 生活のリズムはとても静かで、ゆっくりです。 朝は波の音や鳥の声で目が覚め、 昼は誰かの軽トラが通り、 夕方には「今日は海どうだった?」なんて会話が交わされる。 そんな日常が、この町には今も残っています。 南伊豆町の魅力は、派手さではなく「余白」。 人との距離感も、ほどよいです。 顔は覚えられるけど、踏み込みすぎない。 困っていたら声はかかるけど、無理には誘われない。 長く住んでいる人も、移住してきた人も、 それぞれのかたちで、この町と関わりながら暮らしています。仕事は多くはありません。便利さも、正直少なめです。 でもその分、自分で考え、自分なりの暮らしを組み立てていく余地があります。 海と山のあいだで手を動かしながら、 少しずつ、自分の居場所をつくっていく。 南伊豆町は、そんな生き方を受け止めてくれる町です。 自分のペースで暮らしたい人に、そっと寄り添ってくれる場所。 伊豆半島のいちばん先に、そんな日常があります。
石巻
宮城県石巻市
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石巻に懐かしい思い出があります。妻と知り合って最初の旅行で、年越しドライブに松島方面を目指し、当時、アメ車のオフロード車に乗っていたものだから、好きこのんでひと気のない林道に入り込み、しかし日本の林道に米国製は不向きであったようで、あえなく路肩で車輪が空回りしスタック。まだ携帯電話が普及する前の時代、救援を呼ぶ手段もなく、そのうち雪が降り出し、いそいで麓まで歩いて下り、見知らぬ民家の戸を叩き、図々しく電話を借りることができました。その時の家主のあばあちゃんが温かいストーブとお茶でもてなしてくれたことが忘れられないです。JAFが来るのは明日となり、雪がやまなければ最悪は春まで待つことになるかもしれないということで、意気消沈して、仕方なく街に出てひと晩過ごすことにしました。その街がたまたま石巻だったのです。旅の予定になかった出来事で、鄙びた旅館にやっとのこと空いている部屋を見つけ、散々な思いで、しょうがないから飲み歩こうと夜の石巻の街を妻と半ばやけくそに練り歩きましたが、それがどうしようもなく笑えてしまい、この人となら苦楽を共にできそうだと感じました。結婚を決意した瞬間でした。あれから30年ほどが経ち、その間に大震災などもあり、久しぶりに訪れてみると記憶にある当時の街並みとだいぶ変わってしまったようで、しかし、羽黒山に上る階段に当時の名残りを見ました。津波被害が著しかった海沿いの一帯は、街が完全に消え去り、現在は公園としてはかなくも美しく整備されていることに心を打ちました。石巻に出会えて、ほんとうによかったと思います。
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