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田舎図鑑

南伊豆
静岡県南伊豆町
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伊豆半島の最南端。電車の駅もない場所に、南伊豆町はあります。 でも実際に来てみると、その“端っこ”感は、どこか安心感に変わります。 目の前には、季節や時間で色を変える海。 少し内陸に入れば、山と川に囲まれた集落が広がります。 観光地として名前が知られる弓ヶ浜や石廊崎がある一方で、 生活のリズムはとても静かで、ゆっくりです。 朝は波の音や鳥の声で目が覚め、 昼は誰かの軽トラが通り、 夕方には「今日は海どうだった?」なんて会話が交わされる。 そんな日常が、この町には今も残っています。 南伊豆町の魅力は、派手さではなく「余白」。 人との距離感も、ほどよいです。 顔は覚えられるけど、踏み込みすぎない。 困っていたら声はかかるけど、無理には誘われない。 長く住んでいる人も、移住してきた人も、 それぞれのかたちで、この町と関わりながら暮らしています。仕事は多くはありません。便利さも、正直少なめです。 でもその分、自分で考え、自分なりの暮らしを組み立てていく余地があります。 海と山のあいだで手を動かしながら、 少しずつ、自分の居場所をつくっていく。 南伊豆町は、そんな生き方を受け止めてくれる町です。 自分のペースで暮らしたい人に、そっと寄り添ってくれる場所。 伊豆半島のいちばん先に、そんな日常があります。
徳之島金見集落
鹿児島県徳之島町
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2024年3月、私たちは神奈川県逗子市から鹿児島県の徳之島(離島)に移住しました。都会の喧騒を離れ、自然豊かな南の島で、夫婦2人とゴールデンレトリーバーの愛犬と共に、新たな生活をスタートさせています。 <移住のきっかけ> 2023年10月に訪れた奄美大島・加計呂麻島・徳之島への旅行でした。リモートワークの仕事ということもあり、以前から移住を検討していた私たちにとって、この旅行はまさに運命の出会いとなりました。沖縄、宮崎、宮古島、石垣島など、様々な場所を検討しましたが、なかなか心がときめく場所に出会えませんでした。しかし、徳之島を訪れた瞬間、私たちは「ここだ」と確信しました。 <一目惚れした徳之島> 金見集落にあるジビエ料理店「とうぐら」でランチを食べた時、窓から望む景色に心を奪われました。美しいビーチだけでなく、山や大きな岩が織りなす幻想的な風景は、力強さと優しさを感じさせてくれました。 その後、金見崎ソテツトンネル、犬田布岬、ムシロ瀬、樹齢300年のガジュマルと石垣など、様々な観光スポットを巡りました。どこも観光客が少なく、プライベート感満載なのも魅力でした。そして何より、島の人々の温かい人柄に惹かれました。移住を考える上で、地域の人との関わりは重要な要素です。徳之島の人々は、私たちを温かく迎え入れてくれました。 <古民家DIYへの夢と空き家探し> 私は古民家などの空き家をDIYして住みたいという夢を持っていました。徳之島には多くの空き家があることを知り、旅行後すぐに住む場所探しを始めました。まずは「空き家バンク」で探しましたが希望していた金見集落の空き家は見つかりませんでした。そこで、NPO法人「あまみ空き家ラボ」の協力を得て、空き家ツアーに参加しました。 <運命の物件との出会い> 空き家ツアーで10件ほどの空き家を紹介していただき、その中で金見集落にある一軒の古民家に心を奪われました。築60年以上の古民家でしたが、梁や柱がしっかりとした美しい構造と、海を一望できるロケーションに惚れました。 <島暮らしの喜び> 移住して約2ヶ月が経ちますが、想像していた島暮らしとのギャップはほとんどありません。むしろ、島の人々の優しさに触れながら、徒歩2分の素敵なビーチで妻と愛犬と散歩する毎日が、想像以上に充実しています。<徳之島の魅力> 徳之島は、東京や大阪からの直行便がなく、アクセスが不便な場所にあります。しかし、その不便さもまた魅力の一つです。10月に訪れた時に見つけた「与名間ビーチ」や「手々浜海浜公園(キャンプが最高)」など、自然豊かなスポットもたくさんあります。コンビニ、スーパー、ホームセンターもあり、2024年12月には道の駅もオープン予定です。品揃えは都内と比べると限られますが、その物足りなさが「徳之島」の魅力だと私は感じています。 <サーフィンとコーヒーへの情熱> 私はサーフィンが趣味で、徳之島には人がほとんどいないサーフスポットがいくつかあります。日によっては貸し切り状態なので、思いっきり楽しむことができます。また、島ではコーヒー栽培にも力を入れており、私も将来的には自分の農園でコーヒー豆を栽培し、カフェを開くことを夢見ています。 <徳之島への移住を検討している方へ> 徳之島は、都会の喧騒を離れて、自然豊かな環境で暮らしたい方におすすめの場所です。一度訪れると、誰もが移住したくなるような魅力溢れる島です。 もし、移住に興味がある方は、ぜひ一度徳之島を訪れてみてください。
神戸湊町
兵庫県神戸市
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神戸駅から南に位置する、ハーバーランドに住んで15年になります。兵庫県で一番の繁華街は、三ノ宮です。JRでは、三ノ宮駅、そして、西に行くと元町駅、その次に神戸駅となります。この三つの駅は、徒歩圏内で比較的近い位置にありますが、西に進むほど、少し落ち着いた雰囲気になるように思います。神戸中心部から北に向かえば、北野異人館で有名なエリアがあります。明治時代の外国人の居留置として、異国文化残る建物が楽しめます。南に行けば、メリケンパークやハーバーランドがあります。海を眺める公園は綺麗に芝生が整備され、週末には、多くの人がそこに座り海を眺めているのどかな光景が見られます。また、いくつかの遊覧船が運航していたり、観覧車や海洋博物館があることも観光の魅力になっています。 神戸港もまた、1893年には、海外からの輸入額が、函館、横浜、長崎、新潟を抑え、1位になったことがあり、歴史のある貿易の街と言えます。神戸で、私が一番好きな場所は、湊川神社です。地元の人からは、楠公さんとして親しまれています。主祭神は、楠木正成公を祭られています。南北朝の時代、後醍醐天皇のお仕えした楠木正成公の忠誠心と正義は、日本の侍魂根底とも言われています。智・陣・勇の三徳と聖人と仰がれた名将の生き様が伝えられている場所です。 神戸は、異国の文化が程よく残るレトロ感あふれる素敵は街だと思います。
甲府豊富村
山梨県中央市
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都内から1時間半ほど、八ヶ岳・富士山、南アルプルなど、山々に囲まれた山梨県のほぼ中央に位置する、山梨県中央市(旧豊富(とよとみ)村)で生まれ育ちました。 かつては養蚕業が盛んにおこなわれ、日本一の生産を誇るっていた時期もあり、「シルクの里」と称されています。私が小学生の頃は、数件養蚕農家があり、通学路に桑畑が点在し、帰り道に友人と「桑の実」を食べながら帰っていたのを思い出します。今では、「とうもろこし」が人気の特産品になりました。毎年旬の時期には「道の駅とよとみ」で収穫祭などのイベントがあり、開店前から行列ができるほどの人気です。この時期になるとあたり一面はとうもろこし畑になり、実家の玄関先には近所の生産者の人からとうもろこしが届きます。採れたてのとうもろこしの粒のハリと大きさ、濃厚な甘さは生でも食べられるほどの新鮮さです。 大学進学で地元を離れるまでは、何もない不便な田舎から早く都会に出たいと思っていましたが、今では当時は気づかなかった、都会では味わえないたくさんの魅力を感じています。春には道端の至るところに色とりどりの花が咲き、秋は綺麗な星空の下で虫の声の大合唱、ゆっくりとした時間が流れています。 自然に囲まれたのんびりとした暮らしでありながら、車ですぐにコンビニや大型のショッピングモールがあり、都内へも1時間半ほどの距離、二拠点生活や移住にもおすすめの場所です。 程よい田舎の山梨県豊富地区にぜひ一度魅力を感じに来てみてください。
母との思い出・七ヶ宿町
宮城県七ヶ宿町
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もう30年以上も前の高校生だったころの思い出。 母は六十歳を迎える前に他界した。記憶に残る面影は、あの頃のまま。 気づけば、いつの間にか自分がその年齢に近づいている。 女子高生だった私は、仲の良い友達4人と、七ヶ宿町横川の橋のふもとで芋煮をした。 母は車で私たちと食材、鍋を川辺まで運び、近くの親戚の家へ向かった。 なかなか火を起こせず困っている私たちを、気が付いたら母が助けに来てくれた。 川辺にある木の皮や小枝を集め、あっという間に火をつけたあの時の母は、まるで魔法使いのようだった。 帰りはバスで帰る予定のはずが、通りがかりのトラックに乗せてもらうという、今では考えられない体験もした。 無線で話す運転手さんに夢中で質問したあの時間は、古い映画のワンシーンのように懐かしい。時は流れ、七ヶ宿町には「BOOK&CAFE こ・らっしぇ」というカフェと図書コーナーを兼ねた建物ができ、隣には湯けむりの立つ入浴施設もある。若い人が働き、コンビニにはおじいちゃんやおばあちゃんが買い物に訪れる。世代が交わる風景に、ほっとする。 宮城と山形の県境、江戸時代には参勤交代の大名が宿泊した宿も残る町。時代とともに人の流れは変わっても、自然の美しさと人の温かさは変わらない。 あと百年後、この町はどんな姿になっているのだろう。 私の中の七ヶ宿町は、母との思い出と高校生の無邪気な時間が重なり、一生忘れることはない。 好きなところ:自然豊かでのんびりしているところ。 イマイチなところ:野生動物が道路脇にいてびっくりすること。
糸島
福岡県糸島市
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福岡県福岡市から西へ30kmのところに位置する、福岡県糸島市。この糸島市に7年の間暮らしていました。 都会に近いといっても、首都圏とは違い、今でも季節の風習が残っていたります。初盆にはご先祖さまを送るための盆踊りが、地域の人たちの横笛の調べに乗って、しっとりと踊られていました。まるで日本映画のワンシーンのような風景を体験して、盆踊りというのはこういうことなのだと改めて知らされました。そんな昔の風習がいまだに色濃く残っていたりする反面、近年は観光で訪れる人も多く、特に日本で一番大きい直売所であろう、JAの経営している伊都菜彩はいつも賑わっています。福岡のうどんはやわらかいうどんで、福岡に暮らしてみるまで、うどんはどちらかというと好きではなかったのですが(そば派ででした)、福岡で食べるようになってハマりました。伊都菜彩にもうどんが食べられる食堂があり、ここのうどんも手軽な値段で美味しくて大好きです。あとは福岡以外ではあまり食べられていないであろう、鯖を生の刺身で食べる、ごまサバ。新鮮な鯖にごまだれをかけてあるものが、たいていどこの居酒屋にもメニューにあったりします。そして冬は牡蠣小屋です。糸島のいくつかの漁港に牡蠣小屋があり、糸島で養殖されている牡蠣を網焼きで食べることができます。魚介だけでなく、肉も野菜も米もお花も、地元産で賄えるほど、農業の盛んな豊かな地域です。 なんだか食べ物の話ばかりになってしまいましたが、綺麗な海や山もあり、本当にいいとろだらけの大好きなところです。
甑島(こしきじま)
鹿児島県薩摩川内市下甑町
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仕事で甑島に行くことになり、それまでも数多くの田舎に足を運ぶ機会はあったのですが、船で行くような離島は初めてでした。薩摩川内からフェリーで1時間半の船旅となり、正直不安しかありませんでした。事前情報としてその島が「Dr.コトー」のロケ地だということくらいでしたが、なおさら不安になりました。要するに、僻地を絵にかいたような場所ということ。僕は、昔の薩摩藩の時代から小舟で統治してきたことを思い出し励ますことにしました。ところが、フェリーが思いのほか最新式に見え、すっかり安心して甲板からの眺めを楽しみ、幸いに波はきわめて穏やかな日で、イルカの群れに遭遇し、そして時間が止まったような水面の「凪」も見て、神秘的な思いでした。東京からはるばる鹿児島の外れの港まで飛行機とレンタカーでやってきて、そこからの船旅。やっとのことたどり着いた島は、山脈のように高く目の前にそびえたっていました。仕事で役場の人にいろいろ世話になって、というか、わざわざ現場まで来てくれて、人情なのか、単に暇なのか分からなかったものの、とてもありがたかったです。宿の食事は魚介を使った素朴なもので、隣にいた常連客に聞くと毎日同じ料理らしい。その常連に凪の話をすると、荒れる時は船がひっくり返るほどになると脅され、あまり島に長居をしないことにして本土に戻り、そして次の日の雨の朝、ホテルを出るところのスロープで転倒をして足首を骨折するという災難に。ひとまずその右足を引きずりながら東京に戻り、全治3ヶ月の松葉杖生活となる。これでしばらく出張もできなくなり、幸いに仲間のおかげでしのぐことができたものの、会社をひとりで回さずに人を雇って組織化していこうとする転機となりました。これも甑島の神秘のひとつだったのかもしれません。
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