不動産を直接売り買いする人たちの掲示板「家いちば」

田舎図鑑

小樽
北海道小樽市
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“食・緑の宝庫” 生まれ育った土地。20歳で離れはや60年。年に1度程度帰るが、帰る度に想う青い海、花や木々の緑、そして食の宝庫。特に食はどれも美味しく安い! 運河沿いの食堂街は観光地化され、食べ物は高く、不味いが、市内の市民御用達の食べ物は安く旨い。 例えば南樽市場N鮮魚店のサーモンや鮨天婦羅の魚S真の寿司や天丼。市民御用達K原蒲鉾店など安い、旨い、ボリューム満点! 是非小樽訪問の際は、運河観光だけではなく、市内のお店を訪ね、その安さ、美味しさ、ボリューム感を味わって欲しい。ノスタルジック大正・昭和感が色濃く残る街。雪が降り坂が多い町だが、隣ニセコの喧騒に比べ、落着き静かに過ごせる町。雪が降るからいい、坂があるからいい、高台の住宅地は眼前に広がり、津波の心配がないのがいい、と言う価値観が異なる人もいる。
京丹後
京都府京丹後市
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京都府北部地方に位置する京丹後市、みなさんがイメージする京都とは全く違う世界が広がっています。山々や海の大自然に囲まれ、冬の寒さは厳しく、降雪量の多い年は1.5mほど積もります。私が小さい頃は、家の前でよくかまくらを作って遊んでいました。天の橋立、伊根の舟屋地点から丹後半島をぐるりと一周ドライブすると、総距離100kmほど、くねくねと曲がりくねった細い断崖絶壁の道路から眺める袖志の棚田や、海の絶景三昧で、まるで日本のアマルフィー海岸とも呼ばれているそうです。夏には京阪神からたくさんの海レジャー客が訪れます。冬は、間人(タイザ)ガニを求めて、観光客が海沿いの旅館に押し寄せます。間人ガニ以外も海の幸は豊富で、雌のこっぺガニ、白イカ、夏牡蠣、トリガイ、伊根マグロ等、四季を問わず海のご馳走に溢れています。 趣味でサーフィン、魚釣り、盆栽、メダカのお世話、畑仕事に明け暮れる日々です。田舎暮らしは、スマホを見る時間がないほど大忙しです。太陽が昇り、夕日が沈む海を眺めたり、土いじりをしているその瞬間が楽しくて、人は大自然の恩恵を受け生きているんだな~、と実感させられます。 京丹後は1300年前の奈良時代から織物業が盛んでした。丹後ちりめん、西陣織、町を歩くと、あちこちの家から機織り機の音が聴こえてきます。今は後継者不足でどんどん減ってきているようです。風物詩は、昔から続く各町村の秋祭りです。赤ちゃんから大人まで参加型の、お囃子、神楽、神輿、三番叟、太刀振りの伝統を受け継ぎながら楽しみな行事となっています。 京都市内まで車で3時間半ほど要していましたが、近年、京都縦貫道が開通したことにより1時間半ほどで往来可能でとても便利になりました。今後は、観光、海や山のレジャーなどが楽しめる町となり、子供たちが元気いっぱい自然を体感できる地域になれば良いな、と密かに願っています。もうすぐ50歳ですが、ど田舎の京丹後で生まれたことを、今では誇りに思っています。
甲州鰍沢
山梨県富士川町
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青く広い空、櫛形山や南アルプスから流れ込んでくる澄み切った空気、そして甘くてごくごく飲める湧き水や井戸水、私はこのような自然豊かな富士川町(旧鰍沢町)でのびのびと育ちました。幼少期は近所の子たちと日が暮れるまで走り回り、本当によく遊びました。家の近くには今でも同級生のお友達の田んぼがあり、湧き水がこんこんと湧き出ています。当時はお腹がすいたら桑の実を採っては湧き水で洗い、お友達と楽しく食べたものでした。梅雨の季節には、ホタルが舞いました。夜空を見上げながら母と手を繋いでお散歩し、流れ星に願いを込めた日のことは今でも鮮明に私の心に刻まれています。富士川町(旧鰍沢町)は歴史的にも軌跡を辿れる、情緒のある町です。江戸時代、静岡県まで流れる富士川を中心に、富士川舟運という舟によってとても栄えた要所でした。車社会となってからは、だんだんと町の賑わいも少なくなってしまいましたが、今でも要所の名残りから、役所関係はかつての船着き場の地域に集約されています。 そんな町の中で一番盛り上がる季節は、春です。桜百選に選ばれている「大法師公園」の桜祭りには、毎年観光バスが列をなします。子供の頃、親戚と行った夜桜の花見の時、私の持っているコップの中に桜の花びらがひらりと舞い落ちました。幼いながらもとっても嬉しくて、花見の季節になると今でも必ずその光景を思い出し、懐かしさを感じます。 あれから何十年という時が経ち、合併から町の様子もだいぶ変わりました。道の駅「富士川」は、帰省時に必ず立ち寄る場所の一つとなっています。毎年隣町で開催される神明の花火大会は県下一大きい花火大会なのですが、富士川町内や道の駅も大変活気づきます。道の駅の芝生広場に寝そべりながら、夜空に打ち上がる大輪の花を夜風を感じながら眺める時間は、ここでしか味わえない最高に贅沢なひとときです。 最近では、テレビやネットニュースなどで町への移住者の話題も目にします。私も人生の折り返し地点です。あ~、また早くおいしい空気と水が飲みたいです。青く広い空を見上げ、夜には窓から月を眺めながら眠りにつきたいです。何か少しでも恩返しができればと、色々と思ったり考えたりする日々はこれからも続いていきます。
母との思い出・七ヶ宿町
宮城県七ヶ宿町
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もう30年以上も前の高校生だったころの思い出。 母は六十歳を迎える前に他界した。記憶に残る面影は、あの頃のまま。 気づけば、いつの間にか自分がその年齢に近づいている。 女子高生だった私は、仲の良い友達4人と、七ヶ宿町横川の橋のふもとで芋煮をした。 母は車で私たちと食材、鍋を川辺まで運び、近くの親戚の家へ向かった。 なかなか火を起こせず困っている私たちを、気が付いたら母が助けに来てくれた。 川辺にある木の皮や小枝を集め、あっという間に火をつけたあの時の母は、まるで魔法使いのようだった。 帰りはバスで帰る予定のはずが、通りがかりのトラックに乗せてもらうという、今では考えられない体験もした。 無線で話す運転手さんに夢中で質問したあの時間は、古い映画のワンシーンのように懐かしい。時は流れ、七ヶ宿町には「BOOK&CAFE こ・らっしぇ」というカフェと図書コーナーを兼ねた建物ができ、隣には湯けむりの立つ入浴施設もある。若い人が働き、コンビニにはおじいちゃんやおばあちゃんが買い物に訪れる。世代が交わる風景に、ほっとする。 宮城と山形の県境、江戸時代には参勤交代の大名が宿泊した宿も残る町。時代とともに人の流れは変わっても、自然の美しさと人の温かさは変わらない。 あと百年後、この町はどんな姿になっているのだろう。 私の中の七ヶ宿町は、母との思い出と高校生の無邪気な時間が重なり、一生忘れることはない。 好きなところ:自然豊かでのんびりしているところ。 イマイチなところ:野生動物が道路脇にいてびっくりすること。
湘南二宮
神奈川県二宮町
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祖母が住んでいて小さい頃、夏休みや正月に沢山遊びに行っていました。夏休みになると、従姉妹も集まり、子どもたちで家の隣の山を探検していました。今は若い人が少なくなったからか、山を管理する人が居なくなったのか、草が生い茂って入れなくなっているような山です。その山にはサワガニやカブトムシが沢山居て、子どもたちの格好の遊び場でした。木からぶら下がったツルでターザンごっこやブランコを作ったり、筍やツクシ、蓬を持ち帰っては祖母と一緒に料理したり。祖父が持つ畑で一緒に野菜を収穫したりもしました。山と海に囲まれた場所であるため、少し車を走らせて、海水浴を楽しむこともありました。自然豊かで綺麗な川が流れるこの地域では初夏になると沢山の蛍が見られるスポットもあります。毎年、夏休みになって祖母の家に行くことを心待ちにしていました。元旦には吾妻山という名所である山に登り、初日の出を拝みます。満開の菜の花と、日の出と海の見える景色は他にはない素晴らしい景観です。最近でも年に数回は祖母の家に行きます。東京から東海道線1本で1時間弱の場所ではありますがなんとも言えないノスタルジーでゆったりとした時間が流れるこの街で過ごすと心がほっとします。 そんな思い出の場所でもあるこの地で結婚式を挙げました。海辺にある「指帆亭」という元別荘を改装したレストランです。ゆったりとした海を眺めることができ、美味しい料理を楽しめる素敵な場所です。少しずつ人口が減り、若い人たちが減っていることを年々感じますが、この海と山に囲まれた場所の魅力に惹かれて移住する人も最近はちらほら居るようで、最近は駅周りや海沿いにいくつかオシャレな飲食店も増えてきています。駅周りのなんとも言えない寂れた雰囲気と、駅から海に向かう道から覗く海の風景が好きです。
猪苗代
福島県猪苗代町
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猪苗代湖と言えば、野口英世の生誕地として有名で、昔、家族旅行でも来たことあるが、その程度で、しかし今回は、親しい友人の思い出の宿が閉店になってしまうということで、名残惜しく滞在しました。宿は、大学生の頃のサークルの夏合宿を思い出させるようなアットホームな雰囲気で、朝夕の女将の手料理に格別の温もりを感じました。また来たいのにもう来れない。 そんな思い出を後に、裏磐梯の湖の周りをドライブして、紅葉と温泉を楽しみました。ついでにカフェと塩ラーメンも堪能しました。一体は磐梯朝日国立公園で、自然も見事ですが、おしゃれなカフェや瀟洒な別荘が点在するエリアで、軽井沢周辺と自然景観は近いのですが、街並みとしてはとても落ち着いていて、僕は好きです。 しかし、真冬は寒そうですね。
水郷柳川
福岡県柳川市
5,815
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僕が高校まで生まれ育った町です。実家の目の前にもお堀があって、小さい頃からよく水遊びをしてました。川下りが観光で有名ですが、高校でブラスバンドをやってた頃、白秋祭(柳川は詩人、北原白秋の故郷です)でどんこ船に乗って管楽器を演奏したのもいい思い出です。有明海が独特で、干潮時には、水平線まで潮が引いて、一面に干潟の泥が広がる光景は圧巻です。ムツゴロウなど、珍しい生き物もたくさんいます。海苔の養殖も盛んで、家庭の食卓にも海苔が豊富に並びます。本場の海苔は、普段みなさんが食べる「味付け海苔」とは全然風味が違います。食べる直前に少し火であぶって食べます。 うなぎのせいろ蒸しも有名です。全国でほぼここでしか食べられない料理です。うなぎ屋さんは市内にたくさんあります。若松屋、本吉屋あたりが老舗です。うなぎそのものはよそで獲れたものですが、その調理方法に伝統が隠されています。重箱の中のごはんにはたれで味付けされていて、うなぎの上には錦糸卵が載っているのが定番です。どちらも甘めの味付けです。近年はうなぎの値段が高騰してしまいましたが、昔はもっと安く、お昼に気軽に食べる感じでした。
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