不動産を直接売り買いする人たちの掲示板「家いちば」

田舎図鑑

生まれ育ったまちの思い出を残したい

忘れたくない景色、伝えたい記憶。

ここに残すことで、また誰かがこのまちに興味を持ってくれるかもしれない。

そんな思いをあなたに届けたい。

石巻
宮城県石巻市
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石巻に懐かしい思い出があります。妻と知り合って最初の旅行で、年越しドライブに松島方面を目指し、当時、アメ車のオフロード車に乗っていたものだから、好きこのんでひと気のない林道に入り込み、しかし日本の林道に米国製は不向きであったようで、あえなく路肩で車輪が空回りしスタック。まだ携帯電話が普及する前の時代、救援を呼ぶ手段もなく、そのうち雪が降り出し、いそいで麓まで歩いて下り、見知らぬ民家の戸を叩き、図々しく電話を借りることができました。その時の家主のあばあちゃんが温かいストーブとお茶でもてなしてくれたことが忘れられないです。JAFが来るのは明日となり、雪がやまなければ最悪は春まで待つことになるかもしれないということで、意気消沈して、仕方なく街に出てひと晩過ごすことにしました。その街がたまたま石巻だったのです。旅の予定になかった出来事で、鄙びた旅館にやっとのこと空いている部屋を見つけ、散々な思いで、しょうがないから飲み歩こうと夜の石巻の街を妻と半ばやけくそに練り歩きましたが、それがどうしようもなく笑えてしまい、この人となら苦楽を共にできそうだと感じました。結婚を決意した瞬間でした。あれから30年ほどが経ち、その間に大震災などもあり、久しぶりに訪れてみると記憶にある当時の街並みとだいぶ変わってしまったようで、しかし、羽黒山に上る階段に当時の名残りを見ました。津波被害が著しかった海沿いの一帯は、街が完全に消え去り、現在は公園としてはかなくも美しく整備されていることに心を打ちました。石巻に出会えて、ほんとうによかったと思います。
甲州鰍沢
山梨県富士川町
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青く広い空、櫛形山や南アルプスから流れ込んでくる澄み切った空気、そして甘くてごくごく飲める湧き水や井戸水、私はこのような自然豊かな富士川町(旧鰍沢町)でのびのびと育ちました。幼少期は近所の子たちと日が暮れるまで走り回り、本当によく遊びました。家の近くには今でも同級生のお友達の田んぼがあり、湧き水がこんこんと湧き出ています。当時はお腹がすいたら桑の実を採っては湧き水で洗い、お友達と楽しく食べたものでした。梅雨の季節には、ホタルが舞いました。夜空を見上げながら母と手を繋いでお散歩し、流れ星に願いを込めた日のことは今でも鮮明に私の心に刻まれています。富士川町(旧鰍沢町)は歴史的にも軌跡を辿れる、情緒のある町です。江戸時代、静岡県まで流れる富士川を中心に、富士川舟運という舟によってとても栄えた要所でした。車社会となってからは、だんだんと町の賑わいも少なくなってしまいましたが、今でも要所の名残りから、役所関係はかつての船着き場の地域に集約されています。 そんな町の中で一番盛り上がる季節は、春です。桜百選に選ばれている「大法師公園」の桜祭りには、毎年観光バスが列をなします。子供の頃、親戚と行った夜桜の花見の時、私の持っているコップの中に桜の花びらがひらりと舞い落ちました。幼いながらもとっても嬉しくて、花見の季節になると今でも必ずその光景を思い出し、懐かしさを感じます。 あれから何十年という時が経ち、合併から町の様子もだいぶ変わりました。道の駅「富士川」は、帰省時に必ず立ち寄る場所の一つとなっています。毎年隣町で開催される神明の花火大会は県下一大きい花火大会なのですが、富士川町内や道の駅も大変活気づきます。道の駅の芝生広場に寝そべりながら、夜空に打ち上がる大輪の花を夜風を感じながら眺める時間は、ここでしか味わえない最高に贅沢なひとときです。 最近では、テレビやネットニュースなどで町への移住者の話題も目にします。私も人生の折り返し地点です。あ~、また早くおいしい空気と水が飲みたいです。青く広い空を見上げ、夜には窓から月を眺めながら眠りにつきたいです。何か少しでも恩返しができればと、色々と思ったり考えたりする日々はこれからも続いていきます。
湘南二宮
神奈川県二宮町
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祖母が住んでいて小さい頃、夏休みや正月に沢山遊びに行っていました。夏休みになると、従姉妹も集まり、子どもたちで家の隣の山を探検していました。今は若い人が少なくなったからか、山を管理する人が居なくなったのか、草が生い茂って入れなくなっているような山です。その山にはサワガニやカブトムシが沢山居て、子どもたちの格好の遊び場でした。木からぶら下がったツルでターザンごっこやブランコを作ったり、筍やツクシ、蓬を持ち帰っては祖母と一緒に料理したり。祖父が持つ畑で一緒に野菜を収穫したりもしました。山と海に囲まれた場所であるため、少し車を走らせて、海水浴を楽しむこともありました。自然豊かで綺麗な川が流れるこの地域では初夏になると沢山の蛍が見られるスポットもあります。毎年、夏休みになって祖母の家に行くことを心待ちにしていました。元旦には吾妻山という名所である山に登り、初日の出を拝みます。満開の菜の花と、日の出と海の見える景色は他にはない素晴らしい景観です。最近でも年に数回は祖母の家に行きます。東京から東海道線1本で1時間弱の場所ではありますがなんとも言えないノスタルジーでゆったりとした時間が流れるこの街で過ごすと心がほっとします。 そんな思い出の場所でもあるこの地で結婚式を挙げました。海辺にある「指帆亭」という元別荘を改装したレストランです。ゆったりとした海を眺めることができ、美味しい料理を楽しめる素敵な場所です。少しずつ人口が減り、若い人たちが減っていることを年々感じますが、この海と山に囲まれた場所の魅力に惹かれて移住する人も最近はちらほら居るようで、最近は駅周りや海沿いにいくつかオシャレな飲食店も増えてきています。駅周りのなんとも言えない寂れた雰囲気と、駅から海に向かう道から覗く海の風景が好きです。
水郷柳川
福岡県柳川市
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僕が高校まで生まれ育った町です。実家の目の前にもお堀があって、小さい頃からよく水遊びをしてました。川下りが観光で有名ですが、高校でブラスバンドをやってた頃、白秋祭(柳川は詩人、北原白秋の故郷です)でどんこ船に乗って管楽器を演奏したのもいい思い出です。有明海が独特で、干潮時には、水平線まで潮が引いて、一面に干潟の泥が広がる光景は圧巻です。ムツゴロウなど、珍しい生き物もたくさんいます。海苔の養殖も盛んで、家庭の食卓にも海苔が豊富に並びます。本場の海苔は、普段みなさんが食べる「味付け海苔」とは全然風味が違います。食べる直前に少し火であぶって食べます。 うなぎのせいろ蒸しも有名です。全国でほぼここでしか食べられない料理です。うなぎ屋さんは市内にたくさんあります。若松屋、本吉屋あたりが老舗です。うなぎそのものはよそで獲れたものですが、その調理方法に伝統が隠されています。重箱の中のごはんにはたれで味付けされていて、うなぎの上には錦糸卵が載っているのが定番です。どちらも甘めの味付けです。近年はうなぎの値段が高騰してしまいましたが、昔はもっと安く、お昼に気軽に食べる感じでした。
信州梓川
長野県松本市
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上京して20年弱が経ち、母も認知症となって施設に入り、誰も住まなくなった長野県の実家。一時は手放そうと考えていましたが、3歳と1歳の息子に自然豊かな地で遊ばせたいという思いから、もうしばらく別荘として利用することにしました。 かつてここに住んでいた頃は何にも無くてつまらない場所だと思っていましたが、美しい自然や新鮮な野菜や果物、温泉など、たくさんの観光地もあり、今では時々帰りたくなる、第二の拠点となりました。私の住む梓川周辺は「信州」の名をブランドとして、信州そばや信州サーモン、わさびや林檎などが有名です。桃とネクタリンの自然交配によって生まれた「ワッサー」や、隣町「波田町」の「下原(しもっぱら)すいか」も美味しく、シーズン時はこいつを目当てに帰ることもあります。 写真にある「国営アルプスあづみの公園」は、近所の堀金にあるとても大きな公園で、このような子供と過ごしやすい場所が多くあるのも、子育て世帯には嬉しい場所だったんだなと、家庭を持つことで気付かされました。 昔は何にも無かった実家の周辺も、今は新築の家が随分と増えました。土地が安いことから、移住してくる人も多いようです。
山形川西町
山形県川西町
4,303
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母の実家でよく祖父母に会いにこの町に行っていました。春休み、夏休み、冬休みによく行っており、上野駅まで祖母が迎えに来てくれていました。祖父母はとても私に甘く、欲しいものは何でも買ってくれました。今では立派な甘えん坊です。冬は過酷な雪があり雪国独特のさび色のアスファルトが町中にありますが、夏には花火大会、花笠祭り、獅子踊があります。大人になってから見ることができていませんが、今でも頭の中に笛の音、太鼓の音が流れてきます。この獅子踊が小さい頃は怖かった思い出があります。衣装が綺麗なのですが顔が見えなくてどこか不気味なんです。祖父のバイクの後ろに乗り山を登ったのもいい思い出です。祖父は自転車店を営んでいたのでよくその仕事ぶりを見ていました。 町の人がみんな優しいところが大好きです。フルーツ、ラーメン、米沢牛、温泉、私が好きなものがすべてそろっています。 川西町の羽前小松駅に猫駅長「ショコラ」がいます。とても大人しく可愛いです。あとは山形と言えばラーメンです。夏に出る冷やしラーメンが最高です。
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