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保健室だより

日本の焼き物の里の中で「益子焼」のどこが違うのか

栃木県益子町|多くの陶芸作家の集まる益子の町 益子焼と聞いても、正直あまり高級なイメージがない。私の故郷九州では実家の近くに伊万里焼や有田焼があって、それらには芸術品的な繊細さがある。すなわち、益子焼を少し「下に見ていた」わけだが、益子町に訪れてみて、その先入観は打ち砕かれた。 確かに、益子焼の起こりが江戸の幕末の頃で、比較的新しい。ルーツは滋賀県の信楽焼にあり、そこの職人が隣町の笠間に移り住み窯業を始め、それがしばらくして益子に伝来してきた。益子焼は、笠間焼と比べても後発である。しかし、現在の知名度では、益子焼のほうが上回っているようだ。何が違ったのだろうか。 賑わう「陶芸市」とそれを盛り上げる地元民 益子町のメインの城内坂通りに行ってみると、隣接する駐車場の巨大さにまず驚く。これだけの土地を確保するには、行政や地元の強い連携が不可欠である。地域全体でこの焼き物の里を盛り上げようとする気概を感じた。実際に、年2回の陶芸市のシーズンでは、これら駐車場が猛烈に混雑し、人口わずか2万人の町に毎回10万人ほどが訪れるという。その集客力はどこから生まれているのだろうか。 民芸運動の流れから広がった その理由をたどっていくと、ひとりの陶芸家に行き着く。民藝運動の陶芸家であり、人間国宝の濱田庄司だ。「民藝」のコンセプトは、いわゆる芸術品よりも日用品にこそ価値を見出すという思想的なもので、工業製品よりは伝統的な工芸品を見直す動きでもあり、先行したイギリスでのアーツ・アンド・クラフツ運動にも近い。日本の民芸運動は大正から昭和初期頃に起こり、その後、戦後の高度成長期に国民の間で民藝ブームとなった。その流れで益子焼窯元共販センターが始めたアウトレットセールが大反響となり、イベント化され、今の陶器市の繁盛ぶりにつながっている。 人間国宝「濱田庄司」の痕跡をたどる 民芸運動の中核的人物であった濱田が、益子を拠点に陶芸活動を始め、そこに数多くの門下生が濱田から学び、それが今も続いているわけだ。今でも濱田に憧れて陶芸作家が益子で活動をしており、その数は300人を超えるという。その濱田の痕跡が今も残されており、「益子参考館」というかつての濱田の自邸や工房と濱田が生前にコレクションした美術品などを見ることができる。参考館以外にも、益子陶芸美術館の隣接して「旧濱田庄司邸」もある。 手で触れると分かる「民藝」の本質 参考館の自邸には、濱田が過ごした当時の家具などもそのまま残されており、創作に思いをはせる濱田の気配を感じることができる。そこの古びたテーブルで有料で珈琲も飲むことができる。もちろん、器は濱田の子孫が焼いたものだ。実際に手に持って、口に運んでみるとその良さがしみじみ分かる。いっぺんに「民藝」の虜になってしまった。なお、この珈琲を淹れてくれた人と話してみたところ、なんと実際に濱田に仕えた陶工のお子さんだった。曰く、器の重心や、指や口で触れたときの感触まで綿密に計算して作っているのだという。「それが民藝です」と、はっきり言い切った。 人から人へ受け継がれてきたもの そもそも、なぜ濱田がここ益子を創作活動の拠点に選んだかといえば、「益子焼の陶祖」と呼ばれる大塚啓三郎がいる。その2代目によって益子陶器伝習所が作られ、そこでたくさんの陶工たちを育てられた。その伝習所での光景が、濱田が益子を拠点にすることを決めたきっかけとなったという。人から人へ、思いが受け継がれたことが、益子の歴史を作ったとも言える。 作り手の顔が見える価値 これらのストーリーによって、益子焼が、ほかの全国に数多くある陶芸の町から一線を画した存在となっているのではないだろうか。益子焼の特徴は、産出される土の性質から、基本的には厚みのあるぼってりとした形状が多いが、それにこだわらず、作家たちが工夫を凝らした多様なデザインへと広がっていることも魅力のひとつとなっている。器ひとつひとつで陶芸家の顔が見えるような気がする。この価値観は、これからの時代に一層と重要なものになってくるのではないだろうか。それは、器にとどまらず、建物や町並みなど、あらゆるものへと広がっていく。 【執筆者プロフィール】 藤木哲也(家いちば代表) 建築・不動産・金融の実務を経て独立。空き家の個人間売買サービス「家いちば」を運営し、古い建物を活かす新しい流通の形を提案している。MBA(経営学修士)、一級建築士、宅地建物取引士。著書に『空き家幸福論』(日経BP)

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    広場に多くの出店で様々な陶器が並ぶ

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    メイン通りにたくさんの陶器店や工房が並ぶ

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    陶芸メッセ内の旧濱田庄司邸

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    濱田庄司の「益子参考館」は昔の建物がそのまま博物館になっている

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    濱田自らの作品やコレクション

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    濱田が過ごしていた時のままのチェア

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    濱田が愛用していたテーブルで飲むコーヒー

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    工房では陶芸作家が作品作りに打ち込む

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    「日下田藍染工房」は昔ながらの藍染作りが今も現役

それ、売ってはいけない
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まだ役目が残っているかもしれない。

そんなふうに迷ったときのための
場所があります。

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