不動産を直接売り買いする人たちの掲示板「家いちば」
掲示板に投稿
掲示板を見る
家いちばとは
ログイン
もどる
TOP
家いちば
投稿
探す
説明
ログイン
メニュー
田舎図鑑
故郷の佐伯区
広島県広島市
2614
1
お気に入りに追加
学校帰りの冒険、田んぼでの虫取り、夏休みのラジオ体操 そのあとの探検
田舎すぎて何もない、学校までの坂道が地獄
自分も田舎図鑑に投稿する
一覧に戻る
ほかの田舎図鑑を見る
もっと見る
甑島(こしきじま)
鹿児島県薩摩川内市下甑町
仕事で甑島に行くことにな
り、それまでも数多くの田舎に足を運ぶ機会はあったのですが、船で行くような離島は初めてでした。薩摩川内からフェリーで1時間半の船旅となり、正直不安しかありませんでした。事前情報としてその島が「Dr.コトー」のロケ地だということくらいでしたが、なおさら不安になりました。要するに、僻地を絵にかいたような場所ということ。僕は、昔の薩摩藩の時代から小舟で統治してきたことを思い出し励ますことにしました。ところが、フェリーが思いのほか最新式に見え、すっかり安心して甲板からの眺めを楽しみ、幸いに波はきわめて穏やかな日で、イルカの群れに遭遇し、そして時間が止まったような水面の「凪」も見て、神秘的な思いでした。東京からはるばる鹿児島の外れの港まで飛行機とレンタカーでやってきて、そこからの船旅。やっとのことたどり着いた島は、山脈のように高く目の前にそびえたっていました。仕事で役場の人にいろいろ世話になって、というか、わざわざ現場まで来てくれて、人情なのか、単に暇なのか分からなかったものの、とてもありがたかったです。宿の食事は魚介を使った素朴なもので、隣にいた常連客に聞くと毎日同じ料理らしい。その常連に凪の話をすると、荒れる時は船がひっくり返るほどになると脅され、あまり島に長居をしないことにして本土に戻り、そして次の日の雨の朝、ホテルを出るところのスロープで転倒をして足首を骨折するという災難に。ひとまずその右足を引きずりながら東京に戻り、全治3ヶ月の松葉杖生活となる。これでしばらく出張もできなくなり、幸いに仲間のおかげでしのぐことができたものの、会社をひとりで回さずに人を雇って組織化していこうとする転機となりました。これも甑島の神秘のひとつだったのかもしれません。
京丹後
京都府京丹後市
京都府北部地方に位置する
京丹後市、みなさんがイメージする京都とは全く違う世界が広がっています。山々や海の大自然に囲まれ、冬の寒さは厳しく、降雪量の多い年は1.5mほど積もります。私が小さい頃は、家の前でよくかまくらを作って遊んでいました。天の橋立、伊根の舟屋地点から丹後半島をぐるりと一周ドライブすると、総距離100kmほど、くねくねと曲がりくねった細い断崖絶壁の道路から眺める袖志の棚田や、海の絶景三昧で、まるで日本のアマルフィー海岸とも呼ばれているそうです。夏には京阪神からたくさんの海レジャー客が訪れます。冬は、間人(タイザ)ガニを求めて、観光客が海沿いの旅館に押し寄せます。間人ガニ以外も海の幸は豊富で、雌のこっぺガニ、白イカ、夏牡蠣、トリガイ、伊根マグロ等、四季を問わず海のご馳走に溢れています。 趣味でサーフィン、魚釣り、盆栽、メダカのお世話、畑仕事に明け暮れる日々です。田舎暮らしは、スマホを見る時間がないほど大忙しです。太陽が昇り、夕日が沈む海を眺めたり、土いじりをしているその瞬間が楽しくて、人は大自然の恩恵を受け生きているんだな~、と実感させられます。 京丹後は1300年前の奈良時代から織物業が盛んでした。丹後ちりめん、西陣織、町を歩くと、あちこちの家から機織り機の音が聴こえてきます。今は後継者不足でどんどん減ってきているようです。風物詩は、昔から続く各町村の秋祭りです。赤ちゃんから大人まで参加型の、お囃子、神楽、神輿、三番叟、太刀振りの伝統を受け継ぎながら楽しみな行事となっています。 京都市内まで車で3時間半ほど要していましたが、近年、京都縦貫道が開通したことにより1時間半ほどで往来可能でとても便利になりました。今後は、観光、海や山のレジャーなどが楽しめる町となり、子供たちが元気いっぱい自然を体感できる地域になれば良いな、と密かに願っています。もうすぐ50歳ですが、ど田舎の京丹後で生まれたことを、今では誇りに思っています。
湘南二宮
神奈川県二宮町
祖母が住んでいて小さい頃
、夏休みや正月に沢山遊びに行っていました。夏休みになると、従姉妹も集まり、子どもたちで家の隣の山を探検していました。今は若い人が少なくなったからか、山を管理する人が居なくなったのか、草が生い茂って入れなくなっているような山です。その山にはサワガニやカブトムシが沢山居て、子どもたちの格好の遊び場でした。木からぶら下がったツルでターザンごっこやブランコを作ったり、筍やツクシ、蓬を持ち帰っては祖母と一緒に料理したり。祖父が持つ畑で一緒に野菜を収穫したりもしました。山と海に囲まれた場所であるため、少し車を走らせて、海水浴を楽しむこともありました。自然豊かで綺麗な川が流れるこの地域では初夏になると沢山の蛍が見られるスポットもあります。毎年、夏休みになって祖母の家に行くことを心待ちにしていました。元旦には吾妻山という名所である山に登り、初日の出を拝みます。満開の菜の花と、日の出と海の見える景色は他にはない素晴らしい景観です。最近でも年に数回は祖母の家に行きます。東京から東海道線1本で1時間弱の場所ではありますがなんとも言えないノスタルジーでゆったりとした時間が流れるこの街で過ごすと心がほっとします。 そんな思い出の場所でもあるこの地で結婚式を挙げました。海辺にある「指帆亭」という元別荘を改装したレストランです。ゆったりとした海を眺めることができ、美味しい料理を楽しめる素敵な場所です。少しずつ人口が減り、若い人たちが減っていることを年々感じますが、この海と山に囲まれた場所の魅力に惹かれて移住する人も最近はちらほら居るようで、最近は駅周りや海沿いにいくつかオシャレな飲食店も増えてきています。駅周りのなんとも言えない寂れた雰囲気と、駅から海に向かう道から覗く海の風景が好きです。
山梨市
山梨県山梨市
甲府盆地は、言うまでもな
くぶどう、ももなどの果樹栽培が有名で、行ってみると至る所が果樹畑となっています。通常、田舎といえば田んぼの風景を思い出しますが、ここはそれとはまったく違った風景です。そして、背後には北も南も、山々がそびえ立っていて、それらにいつも見守られているような安心感があります。山梨市にある空き家の持ち主に会いに行く機会があり、訪ねてみると、立派な家というほどではなかったものの、こじんまりときれいにしてあり、特に目を見張ったのが、クラシックのレコード収集と大きなスピーカーを備えたオーディオセットでした。窓の向こうには果樹園が広がり、ここでブラームスでも大音量で聴いてみたいと思いました。地元の人がよく行くようなお店でお昼を食べると、この土地の大地の恵みを感じます。県名を冠した市であるが、県庁所在地でなく、人口もかなり減って3万人くらいの小さな町です。それでも豊かさを感じます。東武鉄道を興して「鉄道王」と呼ばれた根津嘉一郎の出身地で、市内に根津記念館という旧家と美しい庭園が残されていて、かつては甲州財閥と呼ばれ、明治から大正にかけて中央財界に大きな影響力を与えたものです。その過去を思うと、今のひっそりとしたこの地域のようすが拍子抜けのように思えます。すり鉢のような形をした地形であるため、少し斜面を上ると、どこからでも盆地全体の夜景を眺めることもできます。そこから生まれる一体感も、この土地の心地よさになっていると思います。
家いちば見聞録
もっと見る
里山に囲まれた小さな盆地と清流の街“小川町”が教えてくれること
かつての栃木県都の繁栄を支え見守ってきた山と農村【栃木後編】
時代の先を見て生き抜いてきた“栃木市”から何を学ぶのか【栃木前編】
天空の城下町“沼田”の誇り高き闘いはいつまで続くのか【沼田後編】
奇跡のように美しい岩と渓流の景勝地と共に生きた“利根村”の今と昔【沼田前編】
砂丘地帯から工業都市へと生まれ変わった“神栖”の奇跡
「東京の入り口」の宿命を背負ってきた“上野原”で探す未来像
関東一の過疎の山奥“上野村”の美しい川と空に隠された物語
「今は消えた」利根川水運の拠点“関宿”が残した、最先端の企業城下町・野田
房総半島の最果ての地“鴨川”が最先端であり続ける理由
「東京を作った」甲州商人たちが故郷に贈るもの
世界的な観光都市“京都”は日本の中で特別な場所なのか
このエリアの売ります物件
広島
エリア
もっと見る
夕陽が沈む呉港の景色を眺めていると、日本の原風景を感じます
呉市街が一望でき、海まで近く釣りが趣味の方にはうってつけの環境です
広島市内の簡易宿所の営業権を譲渡します
2世帯・近居をお考えの方へ、1棟分の予算で2棟が手に入るリーズナブルな物件です
呉市の海に面した山林付の平屋、海レジャー好きな方に嬉しい物件です
自然が豊かな広島市安佐北区の高台、市街地や川が見渡せます
緑豊かで陽当りの良い廿日市市の土地、新築用地にいかがでしょうか
広島の温泉旅館譲ります、ゲストハウスをしたい方へいかがでしょう
広島の一軒家、個人的事情で売ることにしました
民泊施設の営業権をお譲りします
広島県呉市の空き家、状態が良く窓からの眺めがいいです
自然豊かな暮らしが好きな方へ、コツコツ手を入れてきた家です
FAQ
よくある
ご質問